2018年06月20日

心と本心(6)

       (前日からの続き)
 今、白光真宏会が、あなた方は神の子です
と言ってるけど、それは、あなた方の中に
ある神様の深い生命というもの、それを
用いていただく時には遠慮しちゃあいけない
ということです。それをどう用いて下さるか
は向こうが決めることであって、我々は
そこへ導いて下さるままに、祈って進んで
ゆけばいいんです。ただだまって座って
いても構わないんです。任せてしまえば、
向こうがきっちりして下さるんだから。

 ただ、我々の中に、性格というものがある
でしょ、気持ちというものがありますよ。
 だから、そんな私なんかとか思うけれども、
そうじゃない。毎日毎日投げ出して
祈ってるんだから、カラッポになる修行を
しているんだから、ある時に、ものすごい
大役がくるかもしれない。ある時に、
ものすごい辛いことがくるかもしれない。
 いいことも悪いことも来ますよ。その時に、
いざという時に、そうだ神様と投げ出してね。
 今まで投げ出してくる練習をして来ました、
だから、どうか用いて下さい、器にして
下さいって祈ってごらんなさい。本当に
祈りの光でいっぱいになるから。で、呼んで
下さる時には、私はどこでも行くんです
からね。だから、呼んで呼んで祈って
祈ってね、やって行かなきゃあこの世の中と
いうのは、辛くて辛くてしょうがないんです。
 その為に本心も心もあるんですよ。
 あなた方の中に神の宮があるんですよ。
 神様とつらなってるんですよ。そのことを
忘れないでね、祈ってやって下さい。
            昭和63年8月26日
posted by wadatsumihirohime at 09:23| 祈り | 更新情報をチェックする

2018年06月19日

心と本心(5)

         (前日からの続き)
 生きるということにしたって死ぬという
ことにしたって時があってね。我々のこの
肉体人間の情から言えばとてもやりきれない
いろんな出来事だって、それはやはり選びの
時なんですね。向こう側からすれば選びの時
なんです。そうして皆のことを考えてる。
 そういう時が与えられる時はね。だから、
ああこれは神様が与えて下すったものなんだ
なと考えることですねえ。それを目指して、
世界平和の祈りというものがあり、皆さんの
統一というものがあり、印というものがある。
 皆離れてるもんじゃないんですよ。

 あなた方の祈り心が深くなって、自分を
深く省みて、自分の中に、そうだ神様からの
宝物を私たちはいただいているんだなと、
そう思える心になった時に、そう思える心が
一瞬間きたら、これはもう大変なことですね。
 で、それをずっと続けていって下されば、
それはもう大変なことですよ。それを
出来ないと思っているのが人間ですよ。
 出来ると思っているのが神様です。

 宗教というのは、その出来ると思ってる
神様の大きな愛念に、我々全部を預けて
しまうことですね。生命もすべてね。
 投げ出すというのは大変なことだけど、
やってしまえば簡単なんですよ。なかなか
情としては大変だけどね。やってしまえばと
言ったって、出来ないですよ先生とくるかも
わからないけれども、あなた方、祈ってる
時は投げ出してるんだよ。自分たちは分から
ないけれどね。世界平和の祈りを祈ってる
時は、いろんな雑念があろうと何して
いようと、やっぱり投げ出してるんです。
 だから、あなた方は毎日毎日投げ出して、
自分をカラッポにする修行をやっぱり
やってるんですよ。気がつかない内にさせて
いただいてるんです。

 だから、任せるということは朗らかになる
ことですよ。神様と一つ生命になるという
ことですよ。あるいは、神様の愛が私たちの
中に流れているということを知ることです。
 その為に祈りがある。その為に生きる。
 その為に悩むんです。すべて無駄な事は
ないんです。皆必要なんですね。決まってる
事なんです。必定なんです。だけども、神様と
いうのは宿命じゃない。宿命論者じゃないし
運命論者じゃない。だから、運命修正という
ものが出来るでしょ。皆さんの祈りによって
出来るでしょう。あるいは、皆さんの愛念に
よって動いていくんですよ。そこに世の中の
人々が言う奇跡というものも生まれて
来るんです。だから、もうこれは神様事
だから神様に任せなければ仕方がないと
いって投げ出してね。投げ出してというのは、
放り投げて努力もしない、ねえ、もうとても
私達の力では及びませんといって投げて
しまっちゃあ、こりゃあ駄目なんです。
 やっぱり祈る。祈って祈って祈って
祈りきったところに光が出てくる。

 その時に、例えば生き死にの問題で
言えばね、つまり、一人の人に、生命を
向こうにもっていかれるか、まだこっちに
いて皆さんの役に立つか、どちらになるか
分からないけれど、祈って光がパーッと
来て、そうして、そうかそれじゃあといって
向こうで変更になるかもわからない。その辺
わからないんです。ただ分かってる事は、
どんな風な現われ方をしても、神様という
ものは絶対に私たち一人一人を愛していると
いうこと。憎んだりは絶対しない。恨んだり
も絶対しない。何故なら、みんな神様の子供
なんだから。ね、子供を愛さない親はいない
でしょう。そうでしょう。絶対みんな子供は
可愛いいですよ。その何十倍何千倍、神様
というものは一人一人を愛している。今の
あなた方のありのままを愛しているし、
あなた方の中に貫いて流れている深い生命
というものも愛してるし、あなた方全体の、
もう全部を愛してる。それを引き出して用い
ようとなすってらっしゃる。だから、遠慮
しちゃあいけないんです。
           (翌日に続く)

posted by wadatsumihirohime at 08:20| 祈り | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

心と本心(4)

        (前日からの続き)      
 もう何十回も言ったことだけども、我々の
心の奥底ずっと降りていくと、やっぱり本心
というものがある。そして、先程申しました
けどね、毎日毎日の生活の中で色々な座
がある。その座に座らせていただいている。
 喜びごとがある時には喜びの座に
座ってるんです。悲しみのときには悲しみの
座に座ってるんです。あるいは、孤独の座
にも座るんです。そうして、そういう
ところへ座らせていただきながら、私たちは、
神様の大きな愛の座、本心の座、光の座、
神様の座に招かれて、そこへ進んでゆく
訳ですね。それは何も向こうへ行って修行
しなくったって、毎日毎日がそうなんですよ。
 この世と向こうは続いているんだからね。
 この常住坐臥の毎日毎瞬が、あなた方が
意識しようとしまいとね、その座が進んで
ゆくかどうか、転落するかしないか、毎日
毎日の想いが修行の場なんです。霊界だって
想いでみんなつくられているでしょ。だから、
物欲の強い人が向こうへ行ったら、そりゃあ
もう物欲かたまりの世界ができますよね。
 無欲の人が行ったら、何だか小鳥が啼いて
というような清浄な空気のところを歩くと。
 みんなイメージなんです。イメージだ
けれども、じゃあ霊界がないかというとそう
じゃない。真実の生命につらなっていく。
 そういうものというのは確固としてある。
 だから、その本心というものをたずねて
祈ってね、できる限りの消えてゆく姿を
やって、その座が進んでいくように、
そうして、進むも進まないも、もうひとつ
いけば、神様に任せます、いいように
なすって下さいという風に言えるように
もっていくのが信仰ですねえ。

 そして、それを助けるのが五井先生ですね。
 世界平和の祈りですね。決してあなた方
だけの力で絶対そんなことはできませんよ。
 だけど、あなた方の祈り心が一人になり
二人になり十人になり三十人にとやって
いけば、それはもう光明波動なんですからね、
人間というのは光なんですから、そりゃあ
すごい力を発揮するんです。目には見えない
けれども、その光がサーッと全世界に
うずまいて、全宇宙に広がってね、そうして、
光明があたりを浄めていくんですね。その
ことを忘れたらいけません。そのことを
忘れて祈りをしたら、これはただ単なる
ご利益の祈りになっちゃう。そうじゃ
ないんですよ。南無阿弥陀仏にしても南無妙
法蓮華経にしても、世界平和の祈りにしても
主の祈りにしたって、本当の真実の祈りの
奥底にあるものは、何か、こうして下さい、
ああして下さい、運がよくなりますように、
そりゃあ大事ですよ、みんな生き生きと
いかなきゃいけないんだから、やっぱり
そういうものはなきゃ困る。でも本当に
目指すものは何かというと、神様と一体に
なる我々は生命なんだという、その喜びに
至る。そこが大事なんです。それを忘れた
祈りはないんです。

 神様というものが我々の為にいて
下すってね、神様というものから我々は
分かれてきた分生命、分霊で、そうして、
我々が我々の分に応じて、あるいはそれ
以上の働きを、神様の力によって愛念
によってさせていただくんだということね。
 本心と心というものは分かれてるものじゃ
ないんですよ。本心からずっと光明が
出ましてね、我々の肉体も想いも、想いを
出してる心も浄めていくんです。祈りが
それを浄めていくんですよ。だから、
世界平和の祈りの中に、あるいは、南無阿弥
陀仏の中に、色んな祈りの中に溶け込んで、
そうして最後には、自分自身が役に立つも
立たないも、とに角神様の光になって無に
なって動いていく時に、この世の中という
のは光明波動になっていく訳ですね。だから、
役に立たない生命なんていうのはこの
世の中に一つもないんです。無駄という
ものも一つもないんです。
             (翌日に続く)

posted by wadatsumihirohime at 10:25| 祈り | 更新情報をチェックする