2020年02月20日

愛に生きる

     〇
神の誠と
愛とが
人をつつむとき
人は
おのずから
愛に生きる
すがたにめざめて
祈りを
ささげずには
いられない


posted by wadatsumihirohime at 08:55| 祈り | 更新情報をチェックする

2020年02月19日

人類の進化

人類の進化というものには
かぎりがありません

純朴に神を求めて
自分自身のすがたを
祈りのうちに
求めてゆくときに
私たちは
自分自身がはめた
自分はこういう人間だ
というたがから
一つ一つ
外されてゆくことになるのであります

本来
いのちというものに区切りがないように
(役目の終了、はじまりはありますが)
自分というもの
人間というものは
宇宙大にもなり
無限にひろがって存在してゆく
ものなのであります

すなわち
自分自身を
すなおにして
人に
神につくして参りますとき
人間というものは
おのずから透明になって
すきとおり
自分もなく人もなく
あるがままのいのちを
楽しむものなのであります

この地上には
さまざまなことがあって
我々はその一つ一つに
とらわれ
よろこび
かなしみ
苦しんでおりますが
我々の本来のいのちとすがたとは
すべてのものから
解き放たれて
ただ光をながし
光を受ける
神の愛を受け
またその愛をながして
限りなき進化 神の愛に溶け込むための
進化を
かさねてゆく存在なのでありまして
いのちというものは
光をもととし
そのひかりは
神の愛を光源としておりますから
どこで区切られるという性質の
ものではありません

ただ
朝となり昼に至り夕暮れとなり夜になる
それぞれの時の移りのなかで
我々の心が神をおもい 神をしたう
ことはあります
しかし
それすらも
ただ神の愛のなかに溶けて
光一元の世界
光明体の自分自身へと
かえってゆくのであります

人類の進化は
愛を
尋(と)めつくしてゆく
みずからの
本来の相(すがた)を
祈りのなかに求めてゆく
ときに
明らかになってゆくのであります
光へとながれ
愛へ至り
神我一体となるために
さりげなくいのちの光を
かがやかしてゆくために
私どもは
生きつづけてゆくのであります



posted by wadatsumihirohime at 11:56| 祈り | 更新情報をチェックする

2020年02月18日

祈りとは本来 人を自由させるもの

こころに
たえることのない
火をもやして
ゆこう
愛という
やさしさという
火を

いきおいよく
燃え上がらなくともよい
パチパチと
音をたてていなくともよい
声高になることも
決していらない
ただ
しずかに
守護の神霊と
神を呼びつづけてゆけば
自然にこころに
火がともってゆく
その
火種が消えないように
多くの聖賢たちは
さまざまな祈りを
ささげた

阿弥陀如来を呼び
大日如来を呼び
イエスの名を唱え
あるときは
苦行のなかに
己れを投げ込み
激しく山野を
ひたすらに駆け抜いたりした
また
仏を刻むうちに
無を求めたりした

坐ることで
眠らないことで
経をよむことで
彼らはみな
朗らかな
いのちの源である
あなたと
ひとつになろうとした
みな それぞれに
祈りの火をかかげて
あなたを求めたが
私は今
しずかに
あなたから賜わった
世界平和の祈りのうちに
あなたを呼ぶ

世界平和の祈りよ
この数行のうちに
あなたの本心(こころ)は
さん然とかがやいている
そして
あなたのこころの奥に
さらにたえなる
愛の気が発せられていることを
私はしっている

みな
あなたを
それぞれに呼び求めたが
彼らの真実(まこと)は
世界平和の祈りを唱えるとき
霊妙な光明となって
小我である私たちをつつみ
つらぬくことを
私たちはしらされた

人が
本当は
あなたからわかれてきた
無量の光であり
はじめなくおわりなきいのちであり
軽やかに
己のいのちの歌を
あなたの前にうたいつづけている
存在であることを
私はしった

この祈りのなかに
あなたを求め
したいつづけて真摯に生きた
彼らのおもいが
すべて込められている

世界平和の祈りのなかで
私たちが生かされると同時に
彼らもまた
生きるのだ
永遠の進化を
人間がつづけてゆく存在であることを
私たちに教えてくれるのだ

人よ
世界平和の祈りのもとに
あつまろう
そして
自在となって
それぞれの天命を
朗らかないのちを
完うしてゆこう

人は本来
光としてながれているものなのだ
自由に
天地を創り
また天地を駆けて
歓喜の唄を
うたいつづけているものなのだ

すべての業は
神のいのちの前には
神の光の前には
永遠ではない
永遠(とわ)なるものは
ただ
神の愛
私たちは
世界平和の祈りを祈るとき
この神の愛につながった
自分自身で
あることをしる

私たちを
もとのすがたに還そうと
神は
さまざまな聖者を降し
祈りをくだして
そのなかで働かれた
そして今
すべての人の心に神性を
呼び覚ます
霊性を呼びさます
愛の祈りを
しめされたのだ

人々は
世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私達の天命が完うされますように
守護霊様、守護神様
ありがとうございます
という
この世界平和の祈りの
なかで
みずからの真実の相(すがた)を
覚知してゆく
人として
やさしさこそが
ゆるしこそが
そして
祈りこそが
この地上を光にし
みずからを
光にしてゆくことをしる
光であることを
しってゆくのだ

かつてイエスが
祈っている時に兄弟と
仲たがいしていることを
おもい出したなら
行って和解をなせ
といったのは
真実である

イエスは
祈りが
人として
まずこの世で
果たすべきことを
教えることを
こころに深くしっていたのだ

祈りは
かたちではなく
朗らかに
いのちが愛へとながれてゆく
その道筋をととのえて
ゆくものである

祈りは
人の真性を呼び覚ますものだから
その真性から
外れたおもいが
あることに
気づかされると
たとえ
祈りの途中であっても
愛行を
することを
神は人に
命じるのだ

祈りというものは
本来
人を
自由にさせるものであり
人は
自らの存在を
自在に
神に溶け込ませて
ゆくものだから
つまりは
はじめなくおわりなく
明るく朗らかな自分自身
真実の自分自身に出会ってゆくことを
守護の神霊が
たすけてゆくのである

祈りの光明が
神の光が
あなたをとらえて
自由なあなた自身へと
みちびいてゆくのである

こころに出会い
祈りによって
自分自身に出会ってゆくことが
私の
そして
私たちのよろこびなのである



posted by wadatsumihirohime at 12:32| 祈り | 更新情報をチェックする