2016年09月21日

さやけき生命(8)

       (前日から続く)
 だから皆さん方はその先兵(せんぺい)
であると同時に、そのことを通して魂が
澄まされて行く。そして自分自身が朗らかに
なって、天の心を私の心とするようになる。
 その天心というものが自分の中にあるんだ
と思って祈っていく時に、あなた方の天命
というものが、一歩ずつ深くなって、一歩ずつ
開いていく。時に応じてそれは本当に大きく
深くなってゆく。最初は一歩一歩でいいんです。

 無茶な目標をかかげすぎると、出来ない自分に
うんざりしたりしますから、限定をしないこと。
 自分に限定の枠を設けてしまうと、そこから
どうにもならなくなる。その枠の中でしか
動けなくなるんです。ところが、神様の枠
というのは無限大ですから、枠というものが
ありませんからね。
          (翌日へ続く)
posted by wadatsumihirohime at 10:10| 祈り | 更新情報をチェックする

2016年09月20日

さやけき生命(7)

      (前日から続く)
 世界平和の祈りというのは、地球人類だけ
ではなく、宇宙にいる人類すべての、
星々すべての、ふるさとの祈りなのです。
 肉体だけで祈るのでもなく、霊だけで祈る
のでもなく、全体が祈るんです。言葉だけで
祈るんじゃないんです。想いも何もかも、
波動全体で皆んなが光って祈っている。私が
祈っていると同時に、私だけではなく、私から
広がって、あらゆるすべてのものが祈る。
 そういう祈りになってゆくわけですね。

 だから、この世界平和の祈りというのは、
非常に広大無辺なものなんです。どこから
どこまでがどうの、どこからどこ迄が光るとか、
これ祈ったらどうなるとか、そういう小さな
ことなんていうのは、私の神様は相手にしない。
 宇宙神の広大さなんて、そんなものではない。
 私達なんかの一つや二つの生命を使っても、
それでもまだ、もっともっと大きなことを
なさる。そんなものですよね。

 生命を捨てざれば生命を得ずというのは、
それなんです。捨身になって神様を信じ、
本当に信じるところから出発する時に、光は
サーッと入って来る。信じなきゃ入らない
かというと、そうじゃない。信じないところにも
入るんだけれども、より信じてよりゆだねて
祈る時に、神様から来る光というのは、素直に
自分の心へ入って来る。そのことによって、
我々の道が生かされてゆく。生きるわけ
ではなく、生かされてゆく。
           (翌日へ続く)
posted by wadatsumihirohime at 12:57| 祈り | 更新情報をチェックする

2016年09月19日

さやけき生命(6)

       (前日から続く)
 自分だけが光る祈りじゃないんですよね、
世界平和の祈りというのはね。
 尽十方(じんじっぽう)に広がり、強烈で
やわらかく、祈ってる人も祈られてる方も
光になって、敵も味方もなくなってというのが
世界平和の祈りですよ。そういう祈りを常に
口ずさんで呟いて、身体の中に入れて
ゆく時には、もう自分の身体だか神様の身体だか、
身体が有って無いようなね。本当に把われが
なくなって来て、神様の久遠の光と一緒で
共に生きている。自分の中に光が流れ込み、
その光に支えられて、神様に支えられて
我々は生きているんだなあということを、
これを悟らせて下さるのが祈りですよね。
 それで、何の為に祈るかというと、やはり
自分の生命が輝くために祈る。自分の生命が
輝くというのは、エゴイズムの祈りじゃ
ないんです。
 自分の生命というのは、神様から流れて
来ているもの。神様の奥の奥の生命と、自分の
生命とが一体なんだ、共にある生命なんだ
と思って祈る時には、両方輝くわけです。
 肉体界も輝くし、幽界も霊界も天界も全部が
輝く、すべての世界が輝く。目に見える世界も
目に見えない世界も、すべてが輝いて、
すべてが赦し合って、すべてが大愛の世界に
なってゆく。
 本来我々が、そういう世界の住人なんです。

 そこへ目指して行くんじゃないんです。
 そこへ帰るんですね。その世界から我々は
来ている、地球へやって来ていろんな仕事を
している。元々が光っているわけです。
 光ってるけれども光っているなんて到底
思えないような、様々なことがあって、
苦しみがあり、どうしようもない色々なことが
あって、最後にふるさとである世界平和の祈りの
ところへ、皆んなが今、たどり着いてきた。
           (翌日へ続く)
posted by wadatsumihirohime at 08:08| 祈り | 更新情報をチェックする