2017年02月22日

(四)宝について(6)

        (前日からの続き)
 合気道の植芝先生は、自分が宇宙だって
言ったんですね。私も宇宙だって、あの先生に
返したんです。と言うことは、宇宙というのは
競争者がいないんです。そして、人間という
ものは誰一人として例外なく、この宇宙
なんですね。本当に誰とも競争しない、誰とも
競合しない。それはもう厳然としてそこに
在る。存在そのものだとね。誰にも冒されない
誰も冒していかない。それでいてそこにキッチリ
立っていて光り輝いている。一人一人がそういう
存在なんですね。その人間の本質に気が付いて
ゆくと、楽になるんです。苦しまなくていいわけ
ですよ。苦しんでしまうと、無用な競争をしたり、
嫉妬心が起こったり、独占欲が出たりして、
そこで競争して疲れてしまって、ああ私は何で
出来ないんだろう、なんで私はこんなに
生まれついたんだろう─と思ってしまう。
 だけれども、それはなんていうか、徒労
なんですね。悩むことも一つの勉強だけれども、
そのことで振り廻されるほど人間はそんなに
小さく出来ていないんですね。
 本当は、もっともっと人間というのは朗らか
なんです。そりゃあ人の中に入れば、気を使わ
ないわけにはいけないけれど、気を使い過ぎて
クタクタになって、くたびれ切って、もう明日
から仕事するのはいやだ、生きるのはいやだ
という事になってしまうのも困るんですね。
            (翌日に続く)
posted by wadatsumihirohime at 10:10| 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月21日

(四)宝について(5)

        (前日からの続き)
 自分自身、こうやりたい、ああしたいとかいう
意気込みは大事だけれど、我(が)を出して
競争心が過剰になると、欲と二人連れになってね、
そのことによって執着が生まれ、その執着から
把われが出て来て、その把われがその人を離さ
なくなった時に、これが苦になっていく訳ですから、
その苦にならない為には、大事なことは、
その時に、守護霊さん守護神さんよろしくお願い
します、私頑張りますが御心にお任せします─
というような気持ちで頑張ってゆくと、これが
執着にも苦にもならない。

 ところが、やっぱり人間ですから、色々頑張っ
たのに、あっちの方が成績が良くて、私の方が
成績が悪かったというようなことに把われて
くると、純粋に頑張っていても、だんだんと
頑張れなくなってきて、夜も眠れなくなって
きてしまう。次の日に仕事に行くのに、すごい顔
して行かなくちゃならないとか、そういうことに
なってくるでしょ。それは結局何かというと、
自分の気持ちの中で頑張ればいいものを、私と
あの人とか、相手と競争しようとするからです。
             (翌日に続く)
posted by wadatsumihirohime at 09:01| 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月20日

(四)宝について(4)

      (前日からの続き)
 自分が体験してくるとね、神様の智恵
というのは私一人じゃなくね、色んな人に
色んなかたちで分けられている。その分け
られているものを、皆がそれぞれ自分自身を
いとおしんで、自分自身をいたわって
生きていく。神様から与えられたその宝物が
出て来る。自分がその宝物を引き出す
のではなくて、その宝物の方から、その人
自身を導いてくれて、その人が本当に
生き生きと生きてゆけるような所まで連れて
いってくれる訳ですよ。
            (翌日に続く)
posted by wadatsumihirohime at 10:22| 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする