2016年09月28日

続 さやけき生命(4)

       (前日から続く)
 今の人達というのは、みんな派手めに動く、
オーバーに動く。今の言葉で言うと
パフォーマンスをする。パフォーマンスを
した方が何か勝ちみたいなことになっているん
だけれど、ところが真理というのは、それは
動かないものです。
 真理とは静かなもので本質そのものです。本質
というのは神様から流れて来ているものです。
 その神様は何を流しているかというと、人間に
対する愛情、愛念を流している。
 だからといってそれを大げさに受けとる必要も
なく、素直に喜ぶのはいいが、大げさな関係が
人間と神様の関係でもないのです。真理という
ものは飾らないし、愛というものも飾らないし、
愛というのはどこから見ても愛です。もう表も
裏も無くて、ただ愛なんです。表は愛だけど
裏はウラミツラミだというのは、これは愛じゃ
ない。どこをどう探したってつついたって愛
そのもの、それが神様から流れて来ている
愛ですよ。何の引っ掛(かか)りもない、何も
責めるところも裁くところもない。
              (翌日へ続く)
posted by wadatsumihirohime at 07:17| 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする