2017年01月31日

(一)富士聖地野外特別統一会で 四次元の光を受けた意義について(8)

        (前日からの続き)
 例えば、百人で祈って、百人の祈りがそれで
終わりかというと、そうではなくて、その祈りが
ずーっと上にあがっていって、天界や霊界の
すみずみまでに感応して、諸霊の方から光を
返してきて、そして又交差してと、そういう
遠大なセレモニーになっているわけですね。
 セレモニーというよりは祈(の)り言(ごと)
になってゆくわけですね。その祈りの光の交差
というものが、宇宙の中でのこの地球の存在
そのものを光の方へ変えてゆく。そして
そのことが、宇宙の星々、我々の兄弟星や
先輩星の、霊的に優れた意識の高い人達に
我々が響かせてゆく。我々の心がひびいて
共鳴してゆくということになるわけです。

 結局は、私がいつも申しますように、人間
というものは全部波動なんだ、生命は波動
なんだとね。そういう霊妙な高い響きを
我々自身が持っている。持って生まれて
来ている。その恵みによって肉体の生命も
精神も全部生かされている。そういうことを
思うとですね、何を基盤にしなければ
ならないかということは、おのずから判って
くると思います。
           (翌日に続く)
posted by wadatsumihirohime at 10:44| 祈り | 更新情報をチェックする