2018年06月05日

五井先生と呼んで下さい(5)

       (前日からの続き)
 さっき〇〇さんが言ってましたね、雑念が
どんどん出るけど大丈夫だろうかと。大丈夫
です。自分の中の雑念というものはそんなに
気にする必要はありません。出させとけば
いいんです。そういうものもこっち側はもう
よく知ってますしね。前も話したか
わからないけれども、法然さんという偉い
お坊さんが、ある信者さんに聞かれた
でしょう。南無阿弥陀仏と言うんだけれども、
南無阿弥陀仏と言えば言う程雑念が出てきて
困ると。法然さんが偉い人でねえ。あんたも
そうか、わしもだという話があったよね。
 あれと一緒なんですよ。統一会に来てね、
眠ってもいいいんです。本心のところで
霊体は聞いていますからね。肉体は
疲れるから眠っちゃってもいいんですよ。
 そこをねびしっとして、絶対にお話だから
お祈りだから、まっすぐに背筋を伸ばしてと、
そんなもんじゃないんです。もっと生命
というものはほがらかでね、本当は障りの
ないもんでしょ。ひろやかなもんですよ。
 だから、そこを目指して我々は祈って
いくんですからねえ。窮屈になる為に祈る
わけじゃないでしょ。もっともっと自分の
たがをはずす。それを目指して祈るんです。
 何々をする為に祈るとかね、そういう風に
してしまうとね、その為にが主人に
なっちゃってね、目指してるものがねえ、
めざしが嫌いでいわしがいいとかね。生が
いいとかいう人もあるかもしれないけれど、
そんなんじゃないんですよ。
           (翌日に続く)

posted by wadatsumihirohime at 10:01| 祈り | 更新情報をチェックする