2018年06月07日

五井先生と呼んで下さい(7)

        (前日からの続き)
 その生命というものは、どんなに豊かで
あることか。これは分からない程豊か
なんですよね。言葉なんかでは言い
つくせないでしょう。量とか質の問題
じゃない。存在そのものが愛なんだから、
その愛に抱きとられて、そこから出てきた
生命というものが我々自身だとすれば、我々
というのはすごい宝物をもっていただいて
この世の中に出てきてる訳ですよ。だから、
その宝物をもってながら、もちきれません
すいませんということは、やっぱりこれは
傲慢不遜になる訳です。いただいたもの
なんだから、それをどう使うかは神様の方で
お決めになるんだから、そこですっきりと
神様にお任せをしてね、そうして、どう
使っていただくかはわかりませんけれども、
日々私共はつとめてまいりますという
つもりで、世界人類が平和でありますように
とやっていきますとね、いつの間にか我々を
使って下さるわけですね。我々は、我々も
気づかない内に器になってまいります。
 その器になるということは自分を磨く
ということでもあれば、皆さんに喜びを
分けるということでもあれば、自分の深い
本心がそこで満たされて光になってゆく
ということでもございます。そんなに難しい
ことでもないけれども、しかし、不断に
祈って、そうして、超越者に任せて愛の源に
任せてやっていくということが大事だろうと。

 その為に、いろいろ申しましたけど、
てっとり早いのは、五井先生と呼ばれれば
私はゆく訳ですから。呼んで下されば、
引き出すお手伝いを致しますからね。その
引き出しがいくつあるか、その幅とか量とか
そんなものは神様の方で決めることであって、
皆さんの方で、私量が少ないからなんて、
そんな遠慮することはありません。ただ、
そういうものを引き出すお手伝いを私は
しにまいりますので、どんな時でも
構いません。文句たらたら恨みごと
たらたら、いろんなものを引き受けます。
 私はずっと十字架にかかっておりますから、
かかりっ放しですから。私に全部言って
下すって結構です。だけども、神様の御心
というものは、そういう深いところに
あるんだということをねやはり承知なすって、
その上で祈って下すったら、光の
エレベーターももっと輝いて、皆さん方を
光の世界へ引きつれてゆくことが出来る。
 そうして、自己の為にも他己の為にも、
世界人類の為にも宇宙人類の為にもなって
いく。そういう世界が、皆さんとともに
築いてまいれることだと思っています。
      昭和63年8月26日
posted by wadatsumihirohime at 09:08| 祈り | 更新情報をチェックする