2018年07月08日

排卵誘発剤を使用しての出産について

 (問)水子オペとはちょうど逆になるん
ですが、排卵促進剤というものも、脳死の
問題と一緒に論じられ、あまり良くないと、
神様の御心を汚すものだと言われており、
一方バイオテクノロジーで遺伝子の
組み替えも出来るという現状において、
子供が欲しいという人達は、手段があれば
どうしても使いたくなるものですが、
このことについてどうお考えでしょうか。



 (答)人間というものは、自分の願望を
いつか現実にかえたいというものがあって、
そういう想いがあって、だから、科学の発達、
現代文明の発達があり、今でこぼこの
ところもあるけれども、こんなに便利に
なったでしょう。そういう中で、生命
について、たやすく排卵誘発剤を使って、
生命がポコポコと出て来るというような
ことは、人間が生命を管理するということに
なってくるから、それに対してどうなんだ
という事だと思いますがね。

 科学というものは、人間世界で考えて
いるようなちゃちなものではないん
ですよ本当はね。生命に対する科学という
ものは、もっと向こうの方では進んでいて、
排卵誘発剤なんて神界から見ていると、
何兆年前の一つの道具に過ぎないので、
全部計算の中に入っているんです。やたら
それをポコポコ生んじゃって、無責任に、
子供は可愛くないのに生んでしまって、
あとどうしようなんて無責任なそんな人が
増えても困るけれども、排卵誘発剤を使う
というような人は、よっぽどの人なんですね。
 本当に子供が欲しい。そういう気持ち、心
というものは、神様には通じているんですよ。

 私だって、まだ世の中に生きていた頃に、
如是我聞にかいてあるでしょ。この人まだ
赤ちゃんが生まれないと何回かお聞きして、
それで写真にお浄めをして、じゃあね
と言ってしてあげたというのは、まだ
あの時代にはそんなものがなかったので、
私はしてあげたけれど、要するにそんなもの
なんですね。

 その人が、真実自分の欲望だけでなくって、
軽はずみな気持ちだけでなくって、本当に
子供が欲しいという気持ちがあれば、それが
例え現象的に排卵誘発剤であっても、それを
使って、魂の親と父親が相談して、この子が
生まれるようにしようというような形で
出てくる訳です。だから、ああいうものは
むやみに使ってはいけないけれど、しかし、
本当に今それを使って生まれて来ようと
している生命、あるいは、これから生まれて
来る未来の生命というものは、そういう意味
では、神様の管理下にあると考えた方が
よい訳です。

 で逆に、産児制限をしている(当時の)
中国なんか一人っ子しか駄目という、
あれは悖(もと)るんです。どんな形
であっても、人間が生活してゆくことで、
地球だって狭いしね、人間の生きてゆく
都合というものがありますから、どんなに
広い家を建てたいと思っても、狭ければ
広く出来ないということと一緒で、人間が
ここまではいいよといって許された枠
というものをはみ出した時には、それは
畏れを知らないということになる訳ですね。
 その範囲で産児制限を、原則的には
私は産児制限は反対なんですけれど、又、
排卵誘発剤を使って産むということは、
その枠を、人間の良心、宗教的に言えば
本心、そういうものに悖るかどうかという
ぎりぎりのところで判断して、そこで
どうなんだという、そこで考えてゆかないと、
徒らに人を責めることになるし、自分を
責めることになるし、神様というものを
疑うことになる。

 ただ神界では、生命科学の中ではそういう
ものも昔の昔の昔の道具になっています。
 ですから、今にそういうものを使わなく
ても、人間が本当に祈り心で心素直に生活を
してゆけば、自然に宿るようになるんです。
 それは何故かというと、魂の親と地上の
親の連絡というものは本当は出来るん
ですから。本当は魂の親というのは後ろに
いつもいるんですからね。だから、人間の
性(さが)が本当に素直になってゆけば、
魂の親があと一年位したら自分に赤ちゃんを、
女の子を授けてくれるとか分かるように
なるんです。分かるようになる為には
やっぱり遠く思うかも知れないけれど、
祈ってゆかないとどうしようもないんです。
 祈りというのは超能力じゃないけれど、
そういうものをもらうにしても何にしても、
祈りによって霊性開発して、自分を素直に
してゆくところから全部始まるんです。
 科学も全部そこから始まるんです。
 そういうように考えて下さい。



posted by wadatsumihirohime at 09:19| 祈り | 更新情報をチェックする