2018年01月16日

(漢詩)無 題(十九)

一風神慮不起無風一物神之愛実在
其風欲識之大我即宇宙満智之心
不離人者之導依己養生命即自愛
他愛之心等神愛児我等在裡

一風も神慮なくては起こらず。
一物にも神の愛と実(まこと)あり。
其の風の大我を識らんと欲するや
これすなわち宇宙は智の心に満ちて
人を離れず。人は己れを導く者
によりて生命を養う。
すなわち自愛他愛の心。等しく神の
愛児たる我等が裡にあり。


 風も神のみこころがなくては吹かない。
一つのことがらにさえ、神の愛と実(まこと)が
込められている。
 もしも風(人)が宇宙の真実と奥義とを
本当にしろうとして祈れば、宇宙という
ものが神の智慧の心にみちて、ひとときも
人間をはなれず、神の分生命(わけいのち)
である人は、それぞれ、己れをみちびく
神霊のみちびきによって生かされている。

 その神霊のみちびきとは、自分を愛し、
人を愛する心である。

 この心は、みんな等しく、神のいとし児
である私達の裡にあって、私たちを
やしなっているのだ。





posted by wadatsumihirohime at 10:31| 祈り | 更新情報をチェックする

2018年01月15日

(漢詩)無 題(十八)

大我者元混沌生命相宿然大元愛
鶴似美思裡持確々之是肉宿生
太古神息吹大昔噺真実之

大我は元混沌として生命の相を宿す。
然れば大元は愛。鶴に似て裡なる
おもいは美しく、これを肉の生(いのち)に宿す。
生(いのち)は太古、神の息吹により宿るという
昔噺(ばなし)はこれ実(まこと)なり。

     
 宇宙はそのはじめ、はじめなくおわりなく
ただ生命のすがたをぼんやりと神のふところの
なかにやどしていた。

 鶴の姿のうつくしさに、誰もがみとれるだろう。
 たとえばその美しさを、心として、そのままに
肉をまとわせ、神から分かれてきたのが
人なのだ。

 いのちがそのむかし、神の息吹から生まれた
という昔噺(むかしばなし)は、事実そのまま
なのである。
posted by wadatsumihirohime at 08:59| 祈り | 更新情報をチェックする

2018年01月14日

(漢詩)無 題(十七)

言葉光也然何云即不語言葉充諾
法結行時人之霊止時識是理朗神語

言葉は光なり。然れば何と云わん。
すなわち語るを得ず、といえども
言葉はゆるしにみちて法(のり)に
結びゆく時、人の霊止たるを識る。
このとき神のことわりを朗らかに語る。


 言葉は光である。さてこれをどう説いて
ゆこうか、なかなか言葉にしがたいけれども、
言葉が本心のゆるしにみちて、神の愛と
平和の法則に結ばれてゆくそのとき、人間は
そのまま霊人であることを肉の身のままに
覚るのである。

 そして、そのときこそ、神が愛であることを、
誰もが、はっきりと語りつづけてゆくことが
できるのだ。
posted by wadatsumihirohime at 13:14| 祈り | 更新情報をチェックする