2018年06月14日

神の愛念について(7)

       (前日からの続き)
 壇上からこうやって見てますとねえ、この
世の中の色んな有様が分かる訳ですよ。
 そして、あなた方の一人一人の気持ちの
動きも分かるわけ。だから、一人一人の中へ
本当は降りていって、そうして、辛いね
苦しいねと言ってあげたいですよね。本当に
そうだよね。そうだけれども、そこに
とどまっちゃあ、肉体人間のこの限界の
ところだけに終っちゃうんですね。

 我々の生命というのは、何度も言うけれど、
本当は明るいもんだから、そこを見つめた
人間が言うんだから、これは間違いない
ですよ。私が全部引き受けたんだから、
私の方へ色んな煩いをみんな投げてくれれば
いいんです。ただ焦ったら駄目なんだね。
 私も本当に気短かで、悟る前も悟った後も
あんまりいい人間ではなかったけどさ、
やっぱり焦るんですよ。でも、焦ったら
本当に神様が光を出しにくくなるんだよね。
 そのことだけを覚えてね、そうして、
すいません色々な想いが出ますけれども、
よろしくお願いしますという気持ちで統一を
して下さいな。そうすると、こっちが
あなた方のそういうものは全部分かって
いるから、悪いようにはしませんよ。絶対に
悪いようにはしませんから、そこのところを
信じるということね、おもいではなくて、
信仰というのはね、神様が絶対に我々を
悪いようにはしないんだ。神様は絶対に
私たちを愛して下さるんだ。たとえ明日
死んでも私たちは神様の器なんだ。その為に
私たちはここにいるんだ。そういう自信を
もって祈る。祈って、動く。それは言葉だけ
じゃないんです。そういう風に一旦
思っちゃえば、あなた方の体というのは、
あなた方が自覚するしないに関わらず、
とに角、祈りで一杯になるんですよ。
 世界平和の祈りで一杯になる。あるいは、
神様という想いで一杯になってるんですよ。
あなた方にはそれは分からないけれども、
こっちから見てるとそうなんですよね。

 だから、神様の想いで一杯になって、
神様の祈りで一杯になって、神様と
呼びかける声で一杯になってるあなた方を、
本当にいいように、その場その場でね
用いて下さる。たとえ、祈りの場所にいなく
てもね、職場であっても、煩わしい人間関係
の中であっても、あなた方がふっと自分を
消して仕事に勤しむ時に、あるいは、人と
話をする時に、その相手だけじゃなくて、
まわりにも神様の光というものは及ぶん
ですね。そんなものなんです。神様と
いうのは何だかんだ言い訳をしませんよ。
 予告もしません。私だって預言をした
ことはないですよね。預言は嫌いだもの。
 預言なんかしたら、それに把われちゃって、
五井先生はああ言ったのにならないじゃ
ないか、という想いに把われるでしょ。
 だから預言しません。預言しないという
ことはね、ある意味で辛いことがある
けれども、でも、本当に神様の生命に
あなた方を導いていく為には、あなた方が
素直で明るい生命であるということを
知らせていく為には、ただただ私は無心に
祈って、あなた方に光を送る。それだけ
なんです。だから、そのことをよく覚えて、
祈りに勤しんで下さい。
        昭和63年8月26日
posted by wadatsumihirohime at 08:46| 祈り | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

神の愛念について(6)

          (前日からの続き)
 我々は、肉体の我々を我々だと思って
いる以上は限界がありますよ。体力
にだって気力にだってね限界がある。肉体
というものはいつか脱がなきゃいけない。
 百年生きる人は少ない訳でしょ。その
百年の間たとえ生きたとしても、
生き生きと毎日喜び深くなんて、そんな
ことはなかなか出来にくい訳ですよ。
 そうじゃなくて、肉体におもきを
置くんじゃなくてね。私の生命を
つき動かしているものは神様なんだ、
神様の愛なんだ。私の深いところは神様が
みんなご存知なんだ。だから、今は私は
辛いけれども、何だか分からない程辛い
けれども、しかし、神様が全部抱きとって、
祈って、明るい方へ導いて下さるんだ
というそこだけ信じることが出来ればね、
そういうことを思って、あるいは念じて
祈ることが出来ればですね、そうしたら
もうこれは明るい方へ生命の大元の方へ、
皆さんの流れがいくに決まってるんです。

 そうなるように、世界平和の祈りを私が
大神様から受けたんですね。これでなきゃ
救われないんですよ。皆凡夫なんだから。
 皆神様と同じですといったって、この
できそこないの自分のどこが神様
なんだろうかと思ったら、もう苦しくって
辛くってやりきれない。つき詰めていくと、
一日だって生きちゃいられない位になるね。
 そうじゃないんです。そういう弱さとか
辛さとかいうものをもってて構わない。
 この間も言ったけど、そういうものが
人の話を聞く時の財産になるんですよ。
 だから、弱いから駄目なんだではなく、
駄目をね押し出す為に神様がいる訳
じゃない。そういう弱さをあなた方は
もってるけれど、もっともっと奥には光を
もってるんだと。光が自分たちの中にある、
それをうまく神様引き出して下さい。
 守護霊様守護神様引き出して下さい。
 五井先生お願いします。皆さんお願い
しますと言って預けることね。想いの
銀行に預けることですよ。私に預けること。
 それをやっていくことですよ。
 そうすると、我々の生命がもういつの
間にかきれいに掃除をされて大生命の中へ
完うされてゆくんです。私達の天命が完う
されますようにという祈りがあるでしょ、
あれはこれなんですよ。自分では掃除が
出来ないけれども、神様お願いしますと
いって任せてしまえば、いつの間にか軽く
して下さるんです。

 ただ人間は、毎日毎日二十四時間という
時間の単位で生きていますからね。
 今祈って、早くとって欲しい。早く早くと
想うとそれがやっぱり業になるの。その早く
早くという気持ちは分かるけれども、早く
早くと想えば想う程、こっちは掃除
しにくいんだな。しにくいから任せる。
 そして、任せたんだからあとは神様の方で
よくして下さると思って、こっちへ
呼びかけて下さればね、とに角
やりやすいんだ。ところが、それを人間
というのはなかなかやりにくいんですよ。
 だから、こっちから光を送って色々
やるんだけれどもね、とてもじゃないけど、
やっぱり呼びかける対象祈りの対象がなきゃ
駄目だ。そうして、その祈りの対象が、
ただ神様というんじゃなくて、世界人類が
平和でありますようにと言って、世界の
人々の、全宇宙人類の真心に向かって
呼びかけることによって、あなた方
一人一人もその真心の中に入っちゃうんです。
 そういう大きい深い祈りの中で浄められる
ことによって、神様の愛念が私達を
つき動かしているということをね、ここで
何ていうかなあ、胸が一杯になっちゃう
けれども、きっちりと覚えていただいて
やって行って欲しいなあと思いますねえ。
          (翌日に続く)

posted by wadatsumihirohime at 08:52| 祈り | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

神の愛念について(5)

         (前日からの続き)
 何度も言うけれども、やっぱり毎日の
こと、煩いとか何だとかやって過ごして
ゆくと、とてもそんなこと思えない
でしょ。だから、その思えないなあ、
とてもそうじゃあないなあというのを、
もう死ぬまでね、何百回何千回思ったって
構わない。そうは思えない、そこまでは
私はいかない、そこまでは俺はそんな
とてもじゃないけど、五井先生が言う
ようなところまでいかないと思って構わ
ないから、とに角、祈りの中へ入っちゃい
なさいよ。入っちゃったら後は、
守護霊さん守護神さんや私だとか皆で、
洗ってきれいにして、そうして、又明日
やっていく力をこっちから与えて
あげるんだからね。ただ、私がするんだ
と思えば苦しくってしょうがないんです。
 それはさせていただくということ
なんです。そのさせていただくというのが
皆間違うのはね、いい事をさせていただく
のならば、こりゃあ皆気持ちいいですよ。
 ところがね、この世の中人間関係です
絶対にね。そうしますと、こっちがいくら
真心をこめて誠実を尽くしてやっても、
ある時とても辛いことがやってきたり、
悪口雑言がきたりね。あるいは、集会
なんかなすってますと、色んな中傷が
来たりね、つまんない我が出て
きますでしょ。

 しかし、そういうことを勉強して、
そうして、荷を負わせていただいて、で、
悪口を言われると、やっぱりそれも
ありがとうなんですよ。それだって、
私が受けさせていただきますなんです。
 だから、あの人はこんなこと言って、
こんな考え方をしてけしからんというのは、
やっぱり消えてゆく姿なんだね。
 けしからんという想いは辛いけれども、
それで過去世のあなた方の何か業という
ものが一つずつ消えるんですよ。
 だから、カッと腹が立った時に、あっと
思ってね、反省するだけじゃなくて、ああ
これで消えたんだなあ、ありがとう
ございますと思えたら、そこで光が
入るんですね。そこで、たとえあなた方が
思えなくても、その時にさあっと
守護霊さんや守護神さんや私の方から光が
行くんですよ。そこを信じるということが
任せるということなんです。
          (翌日に続く)
posted by wadatsumihirohime at 09:25| 祈り | 更新情報をチェックする