2018年02月09日

いのちの源

  いのりは、いのちを生きしめる源であります。
 我々人間のいのちというものは、この世に、
ただ20年30年生きているそれだけのいのち
ではないのであります。

 宇宙の星々を浄めきよめて、そうして地球に
降立ったのが私達なのです。

 生命はもともと神の光を受けた澄み清まった
流れなのですが、人間がこの地球世界に
住むようになって、いつの間にか業を
自分の主人だと思うようになってしまった。

 今はこうした業をすっかり払い、世界平和の
祈りのなかで、新たな光にみちた霊人の生命を
回復する時なのです。

 障りなどというものの一切なかった
霊止(ひと)のいのちへと帰す時なのです。

 といって、肉体を亡ぼすのではありません。
 そのまま、肉の身のまま霊身になるので
あります。その一番の近道、易行道が消えて
ゆく姿で世界平和の祈りという私の唱導した
この教えなのであります。

 これは全く、私個人の我から出てきた教えでも
祈りでもありませんで、五井昌久という一個の
人間が、神様にこの身、このいのちをささげて、
どうぞこの人類世界を真実に救い導く方法を
お教え下さいと、うまずたゆまず自分
というものを忘れ、自分というものをおいて
祈った末に、神様の心が私のなかにひびき、
私は真実の私自身との、自己との対面を
果たすことができたのであります。

 真実の自己は、全く白光そのもの、光
そのものの自己でありました。私はその対面を
果たした瞬間、自分のふるさとへ帰ることを
許された者のみが味わう何ともいえぬ感激を
味わったのであります。

 そして人は、人のいのちは、みな等しく
このようにかがやいていることを知ら
されたのであります。この真実を伝え
つづけてゆくことが私の使命であることを、
この身にも心にも識らされたのであります。

 このいのちのかがやきは、神様の愛と
知恵によるのでありますが、さらに、この
かがやきを、つよめ、深めるのが、私ども
一人一人の世界人類が平和でありますように、
日本が平和でありますように、私達の天命が
完うされますように、守護霊さん守護神さん
ありがとうございますという世界平和の祈り
なのであります。

 この祈りには、一点の私もありません。
 それでいて、私ども一人一人の個々の
いのちと、この地球世界に生きるすべての
人々とをしっかりと結んでいる祈りなのです。

 聖書に、神は光あれといわれた、すると
光があったと世のはじまりと記しています
けれども、実際、宇宙は、混沌のなかから、
神が、自らの愛と光をなげわかって、創造
された大生命なのであります。

 このことをおもいますと、我々のいのちの
源は、宇宙であり、宇宙を創造された大生命
である神の愛と光であり、その神、宇宙神の
みこころそのままをあらわした世界平和の
祈りをとなえることで、我々はすでに、
我々のいのちの源、愛と光のなかに抱かれて
いるということがいえるのであります。

 我々は、肉体をまとう前は、霊そのもの
であり、霊止であって、宇宙の星々を経
めぐり、いのちの光の花々を咲かせながら
この地球にくだってきたのであります。
 我々の本心本体は、よくこのことを記憶
しているのでありますが、世界人類、
宇宙人類の一人として、世界平和の祈りを
心にひびかせますとき、私どものひびきは、
宇宙大奥のひびきと一つに溶け合って、光を
おりなし、おのずからいのちの源へと
とけこんで参るのであります。このことを
考えて、日々世界平和の祈りを唱えて
まいりましょう。
     昭和61年11月22日・12月2日 記
posted by wadatsumihirohime at 08:39| 祈り | 更新情報をチェックする

2018年02月08日

いのちについて 序

      序 詩
             五井 昌久
いのちは
神の光
人間は
その
ひかりを受けて
のびやかに生きる
存在
神のいのちと
人のいのちは
一元となって
今こそ
みこころの
愛と深さを 
知らしめてゆくのである
        昭和61年11月22日

posted by wadatsumihirohime at 10:23| 祈り | 更新情報をチェックする

2018年02月07日

(漢詩)無 題(四十一)

水者今昔不問唯澄己
人間生者心裡満光岩

水は今昔を問わず唯己れを澄ます。
人間の生(いのち)も心のうちにみちて
光のごとし。


 水は、時を問わず、今とか昔とかに
とらわれずに、ただ自分自身をすませている。
 それとおなじように、人のいのちも、本心に
みちみちて、ながれゆく神の光のようである。
posted by wadatsumihirohime at 11:56| 祈り | 更新情報をチェックする