2020年09月30日

愛する時 人は光ってゆく

人を責めちゃあ
いけません
人を責めてしまうと
折角
今まで積んできたもの
努力してきたものが
また
はじめっから
やり直しになってしまう
おもいというのは
人をさばくおもいというのは
それだけ
つよくて
おそろしいということです

人を責めて
己れ尊しってのが
一番いけないんです
それと融通のきかないの
神様ってのは
寛やかな方なんです
もう愛し抜いて
ゆるしっ放しの
方でしょう

人間だけですよ
枠をはめて
ほっとしてるのは
これじゃあいけません
これじゃあ救われていかないんです

人を責め自分を責めるところからは
何も生まれてはこないんです
愛すること
つつむこと
いたわること
おもいやること
ここから
はじめて
神様の光がゆたかに
入ってくるんです
あるいは
我々を生かしめてる
本心が
よろこぶんです

愛して愛して愛し抜くこと
これが
神様の人間に対する姿勢
であると同時に
人間に
のぞんでおられることでも
あるんです
愛する時
人は光ってゆくのです
愛すれば愛する程
その光は
澄み極まってゆくのであります
          昭和62年2月12日 夜
posted by wadatsumihirohime at 12:34| 祈り | 更新情報をチェックする

2020年09月29日

人間はみな 神様からきた(2)

    (前日からの続き)
実は
人間というのは
一人一人が
ちがうようでいて
みんな
つながっているんです
たてに
つながってるんじゃない
よこに
つながってるんです

たましいというかね
元々が
みんな
神様
大神様から
分かれてきた
兄弟姉妹なんですから
これは
あたりまえなんだけれど
今みたいに
それぞれの国があって
民族があって
言葉もちがってましょう
そうすると
やっぱり
おんなじだって
なかなか
おもいにくいわけなんですよね
で、
どこで
この
おんなじって
いうのを
むすぶかっていえば
それは
人間だっていうことです
愛すること
愛されることの
大好きな
人間だって
ことです

さっきも
いったように
人間ってのは
神様から分かれてきた
生命ですからね
神様から
いのちを吹きこまれた
人形(ひとがた)
神の似姿なんです
わかります?
前にもいったけれどもね
神様ってのが
どんなかたちをしてるかというと
我々とおんなじすがた
なんです
その神様は
もう
人間を
愛して愛して
愛し抜いてるんですよね
だから
我々が
別に
宗教じゃなくてもですよ
ああ
やっぱり
おなじ人間だなあ
とおもうのは
何ともいえない
人間らしさ
おもいやりの深さ
人間としての
情というか
気持ちというか
心というかね
そういうものを
感じた時ですわね
その
思いやりとか
やさしさとかいうのは
神様の専売特許なんですよね
神様印(じるし)愛のこもった
チョコレート
なんてそのうち出るかも知れないけど
こういうことを
私がいうと
せっかく真剣にきいてるのに
五井先生はすぐ冗談いっちゃう
とおもう人もあるかも知れないけれど
私はいつもまじめです

さて
そこで
この
愛とか
やさしさとかね
ああやっぱり人間と
おもわされる
我々が
感激したり感動したりするってのは
これこそ
人間が
みんな
神様からきた
兄弟だって証拠なんです
みんな
手をつないでる
この世に
この地球上に
他人なんて
一人もいやしない

さあ
こう考えると
楽しくなりますよね
とにかく
愛深くなってゆけます
私はみんなと兄弟なんだ
とおもいながら
お祈りすれば
それだけ
お祈りの光が
ゆきわたるんです

さあ
元気に
明るく
世界平和の祈りを致しましょう
          昭和62年2月12日 夜
posted by wadatsumihirohime at 09:01| 祈り | 更新情報をチェックする

2020年09月28日

人間はみな 神様からきた兄弟姉妹(1)

神様
私は
あなたを
愛します
したってます
という心が
私は
若い時から
強い人間でした

完全円満
人間神の子
ということは
そのとおりだと
おもいながら
この世の中の
不幸に
うちひしがれる人々を
世の中に
生きてゆくということの
現実の
厳しさを
神様は
どんなふうに
考えていらっしゃるんだろう
我々人間は
どう考えれば
いいのだろうと
思案しつづけたんです

勿論
その時も
神様の
愛を
一ぺんだって
うたぐった
ことは
なかった
それで
愛し
したいつづけている
神様に
私は
うまず
たゆまず
祈りつづけたわけ

汝のいのちは貰った
覚悟はよいか
といわれたときも
何も
考えなかった
ただ
とっさに
ハイ
という返事が
出たんですね
そのときには
私自身が
すっぽりと
神様のなかに
入ってたんです
愛するとか
したう
とか
いうのを
通り越しちゃって
任せてたんです

私が
こういう
すべての
地球世界の
業を
引き受けて
世界平和の祈りの
もとに
大そうじをする
光明をしらしてゆく
仕事をしに
生まれてくるって
ことは
もう
ずっと
前から
決まってた
ことですけれども
覚悟はよいかって
いわれた時に
一たん
個人個我としての
五井昌久は
きえたんですね
それで
直霊の
本来の自分と出会って
まあ
それから
いろいろ
あったわけですけれど
私が
人間の心を
五井昌久の
個性を
持ったまま
こうして
語りつづけてきたって
ことは
これは
大事なことだと
思うんです

人間というのは
本来
そういうものなんだ
ということね
神がかりにも
ならずに
ごく普通に
あたりまえに
くらしていて
それでいながら
人の心が
スーッと
わかる
奥の奥の
天命を
みせられるって
ことですね
    (つづく)
posted by wadatsumihirohime at 10:39| 祈り | 更新情報をチェックする