2020年10月31日

愛と祈りのなかで 自在身となってゆく

五井昌久という個人は

幾万にも分かれ
自由自在身となって
地上と神界とを
結んでいる

私のいのちは
朗らかに
神のもとにあって
生命本来の
すこやかな
ひびきを
一人一人に送りつづけている

人間というものの
相(すがた)は
みな
そうした相なのだ
五井先生だけが
特別ではない
このことを深くふかく
識(し)ってほしい

愛と祈りのなかで
自由自在身となってゆく
これが
人間なのだ
      昭和61年10月1日
posted by wadatsumihirohime at 08:48| 祈り | 更新情報をチェックする

2020年10月30日

神わがふるさと “詩とことば” 序

       序文
                五井 昌久
神は等しき人間のふるさとである。
それは、単に心のふるさとという
ばかりではない。
我々本心本体を照らすふるさとなのである。

人間というものは、光一元であり、肉体は
光を受け、つなぎ、ふりまく器であるのである。

そして、この光は、宇宙神のみふところ
深くから放射される愛にほかならない。

神は愛なりという言葉はこの真理を
あらわした言葉であって、千古を照らす
宇宙の万法なのである。
だから、神をおもい、神に回帰することは、
永遠の生命につながることであるといっても
よい。

永遠の生命は、神のみふところに流れ込む
人間の本来の相(すがた)であり、私どもは、
神をふるさととして、この地上に光をむすぶ
役割を、一人一人与えられているのである。
        昭和61年9月29日
posted by wadatsumihirohime at 07:12| 祈り | 更新情報をチェックする

2020年10月29日

どんな時にも 愛と祈りを心に

神様は
不思議な
ことを
なさる
けれど
人間の眼からみれば
不思議でも
神からみれば
一人のこらず
光を
しらしめたいという
愛の
はかりごとなのだ

だから
どんな時にも
自分を責め
人を責めては
いけないよ
どんな時にも
愛と祈りを
心によびおこし
愛して
愛して
愛し抜いて
ゆこう
それが
人間なのだから
神の愛を受けて
生きる
人間の
真実の
姿なのだから
     昭和62年2月14日 昼
       愛について 稿了
posted by wadatsumihirohime at 06:54| 祈り | 更新情報をチェックする